皮膚と鍼について

ここでは皮膚と鍼について以下のように考え、施術しています。
実際に鍼治療を受ける方だけでなく、よくなる方向を見失っている方などにも何かお役に立てば幸いです。


※当ホームページをご利用していただくにあたり、まずはこちらのページのご利用前にをご確認下さい。


<目次>


1.皮膚

  

当院の鍼治療におけるターゲットは皮膚です。
皮膚の中でも最も外側に位置する表皮に鍼をしています。
皮膚は外界環境と内部環境の境界ですが、表皮はその最前線に位置しています。

皮膚は全身を保護し、調整している膜です。
身体内部では様々な膜を通じて物質と情報のやり取りが行われています。
全身を包む皮膚は外界とやり取りをするための膜です。

“細胞膜は細胞が機能する上での真の脳である”

とは細胞生物学者のブルース・リプトン氏の言葉(「思考のすごい力」より)ですが、皮膚は心身全体が機能する上での情報処理器官と言えます。


感覚器官としての皮膚は触覚、圧覚、温覚、冷覚、痛覚の感覚受容器に加えて、近年神経系と同じ外胚葉由来の皮膚表皮で神経伝達物質や受容体が続々と発見されています。
そして従来考えられていたより遥かに多くの刺激を皮膚で感じ、処理している可能性があることが研究者によって指摘されています。

皮膚は免疫でも重要な役割を担っています。
皮膚バリアにおけるタイトジャンクション(物理バリア)とランゲルハンス細胞(免疫バリア)の協調したはたらき(※1)や、皮膚常在菌が免疫と関連していることなども発表(※2)されています。

また、皮膚は腸と同じく常在細菌が細菌叢を形成して人体と共生しています。
腸内細菌叢が腸管を通じて脳(精神)へ影響していることや発達障害との関連なども明らかになりつつあります(※3)が、皮膚常在菌にもその可能性はあります。

細菌の間での化学物質を利用したコミュニケーションは研究(※4)が進んでいるようですが、皮膚常在菌同士や皮膚常在菌と腸内細菌との間で何らかのコミュニケーションを行い、精神へ影響を及ぼしていることも考えられます。
しかし近年まで皮膚常在菌の種類や分布などすらよく分かっていなかったようですから、そのはたらきも未知な部分が多いようです。(※5)


皮膚は筋緊張とも関連しています。
精神分析家で医師のディディエ・アンジューは「皮膚-自我」で、

“皮膚は~要するに筋のトーヌスを調整する器官の一つなのである”

と述べています。

筋肉が動けば皮膚も動きます。
また、運動時だけでなく静かに立っているだけ座っている時でも筋肉は働いており、皮膚もそれに応じて弛緩・収縮しています。

皮膚が(おそらく記憶と関連して)適切に弛緩・収縮できなくなっている場合、筋緊張を調整できません。
筋肉の緊張を戻せなくなり、必要がなくなってからも筋緊張が継続して様々な問題を引き起こします。
しかし筋緊張(運動)と皮膚の関連性について、そのメカニズムはまだよくわかっていないようです。

経験上知っている方は多いと思いますが、皮膚の状態と精神状態(ストレス)の関連も明らかになってきています。
精神的ストレスが強く長く続くと皮膚が荒れますし、逆に皮膚への適切な(快)刺激はストレスや不安を緩和します。

有毛皮膚に終末があるC繊維でも近年新たな発見があり、その機能について神経科学者のデイヴィッド・J・リンデン氏は、

“安心感を伴なう心地よい漠然とした触感をゆっくりと伝える専用のシステム”

と述べています。(「触れることの科学」より デイヴィッド・J・リンデン著 岩坂彰 訳)
体毛のある皮膚を撫でることでC触覚繊維を通じて“広汎で心地よい信号”が脳に伝わります。
そういった“接触”が心身(の発達)にどのように影響するか様々な研究がされています。(※6)

また、皮膚への適切な刺激はオキシトシンの分泌を促します。
オキシトシンは自律神経系、神経伝達物質系(ドーパミン、セロトニンおよびGABA/グルタミン酸)、免疫系などと相互作用があるとされます。

そして報酬系とも関連した”オキシトシンシステム”は3歳までに基本的な発達が完了し、深刻なストレス(虐待)によってその発達が妨げられた場合、中毒や依存といった問題への影響も指摘されています。(※7)

ラットの実験では、母親が十分になめたり毛づくろいをしたりして育てたラットと、そうでない(十分な愛情を注がれずに育った)ラットの扁桃体を比較したところ有意な差で後者により多くのベンゾジアゼピン類レセプターがあったそうです。(※8)
(ベンゾジアゼピンには不安を緩解する作用や筋弛緩作用があり、抗不安薬や睡眠薬にも使われています。)
人間においても幼少時における保護者との温かい触れ合いが基本となり、その後の人生(心身やストレスへの対処能力)に大きな影響を及ぼすと考えられます。


皮膚表面電位と感情との関連もよく知られています。
神経学者のアントニオ・R・ダマシオ氏は著書「生存する脳Descartes'Error」において、

“たぶんこれは真実だろう 皮膚伝導反応なしに、ある情動に特有な自覚的な身体状態をもつことはない。”

と述べています。

皮膚電位(の偏り)は身体(内臓)状態や病変と関連性があることも指摘されています。
以前は金沢大など医学部研究室でもそういった研究が行われていました。

東洋医学では、

“病の応は大表(体表)に見(あらわ)る”  『史記』 扁鵲倉公列伝より 

と言われており、古くから身体内部の異常(病気)を診るのに体表の状態を観察していたことが伺えます。

最近では外界からの電磁波が心身へ及ぼす問題が取り上げられることもあります。
皮膚だけでなく、心臓の洞房結節をはじめ身体内の多くの活動は電気的に営まれており、身体全体が極性を持った電気的(磁気的)エネルギー場とも言われます。
しかしそのメカニズムや役割などについては解明されていません。
渡り鳥がどこでどうやって地磁気を探知しているかなどといった研究は進んでいるようですし(※9)、人間に関しても磁覚に関する研究が発表されました(※10)が、心身との関連などはまだこれからかと思います。



結局、皮膚の働きは常在菌も含めて調べていくほど謎だらけというのが現実のようです。
そのため全体的な説明は東洋医学的な説明に近いものとなっていきます。

たとえば東洋医学では、

“腠はこれ三焦元真を通会する所、血気の注ぐ所となす。理はこれ皮膚臓腑の文理なり。”
「腠者是三焦通会元真之處為血気所注理者是皮膚臟腑之文理也」
張仲景 金匱要略:臓腑経絡先後病脈証 龍野一雄著「漢方医学大系」より

などと言われているのに対して、皮膚の研究者である傳田光洋氏は、

“皮膚はそれ自体が独自に、感じ、考え、判断し、行動するもの"
「皮膚は考える」より

と定義しています。
前出のアントニオ・R・ダマシオ氏は、

“皮膚は恒常性(ホメオスタシス)調節の中心的存在”
「生存する脳Descartes'Error」より

と述べています。

そのため皮膚(体表)への鍼治療の作用機序もまた謎に包まれています。
少なくとも自分には分かりませんし、知りません。

皮膚への鍼に限らず、これまで鍼灸はその時代の科学的知見(発見)に従って様々な作用機序論が展開されてきました。
それは影を追うようなもので際限がありません。

身体のはたらきは無数にあり、それぞれ関連していますし、今も日々刻々と研究が進み生理学等が更新されています。
作用機序を具体的なひとつの論に限定すると、それ以外の可能性を否定することになります。
皮膚への鍼は科学的な根拠がないということではなく、今の科学の知見ではひとつの明確な答えを出すことができないと考えています。

しかし、詳細は不明ながら体表が身体内部の恒常性維持や外界環境への適応のため、「境界」として統合的に機能していることは確かと言えます。
そのため体表の状態は内界(内部)状態の反映であるとともに、外界との関係性(ストレス)を反映しています。

そういった体表のツボへ明確に認識できない鍼刺激をすることで生じる反応は、経験上、皮膚を鍼で突き破る(刺す)、強く押す・揉む、皮膚を焼く(お灸)、電気を流す、などの強い刺激をされた時とは異なる反応です。

体表の状態は境界のライブ情報としてモニタリングされ処理されていますが、体表のツボはそういったはたらきから一時的・部分的に抜け落ちている(抑制している)ポイントであり、ある種の盲点になっていると思われます。
同じ問題が繰り返し生じる起点、もしくはループポイントです。
そういったツボに鍼を当てて注意を向けることで、治癒力(恒常性維持や外界適応のための活動)が再開もしくは活性化すると考えています。

そして短期的な反応だけでなく、中長期的な(数ヶ月から数年の)プロセスにも特徴があります。
強い刺激治療の場合、続けていくにしたがって次第に刺激に馴れて(感覚が鈍くなって)いきます。
たとえば慢性的な肩こりや筋肉の過緊張による腰痛などに対して強い刺激をすると、はじめの内は大きく変化しても続けていくのに伴ないだんだん変化しにくくなります。

しかし体表(皮膚)の鍼は逆に続けていくことで、よりよい状態を少しずつ学習していくように感じています。
まず体表自体が変化し、体表からはじまる心身の変化が少しずつ学習(消化)されていき、変動を乗り越えながら習慣(パターン)が変化していきます。
(情報処理器官である皮膚表皮には記憶と関連するNMDA受容体も発見されているようですし、皮膚常在菌にも様々な機能があることでしょうが詳細は不明です)



東洋医学では古くから体表観察と皮膚への鍼治療が実践されてきたため、経験的知識が蓄積されています。
しかし皮膚のみをターゲットに鍼をする治療者は、最近では少し増えているようですが、昔も今もそれ程多くありません。

それは、

・刺す鍼とはやり方(技術)や考え方が異なること
・効果が出るまで習熟するのに時間がかかること(学び始めのうちは効果が全く出ない)
・「何かやってもらった感」がなく、強い刺激を求めている人には向かないこと

などが理由と思われます。

そして皮膚への鍼は東洋医学の原典とされる書物に記載があるにも関わらず、現代の中国(中医学)ではスタンダードな手法ではないため、臨床試験(ランダム化比較試験:RCT)において深く刺す鍼に対するSham(偽鍼)として用いられることが多いです。

しかし、Shamとしてわざとツボを外して体表に鍼をした場合でも効果が確認された研究もあり(※11)、刺さない鍼の専門家が行えば更に効果が出るかも知れません。
今後、皮膚や皮膚常在菌の研究が更に進み、それらの精妙な仕組みがより広く知られることで、皮膚への鍼がShamとして用いられることは減ってくると思われます。

体表(皮膚表皮)への鍼治療は刺す鍼と比べると陰の存在ですが、現代社会において特に必要性が高いと考えています。
自分が鍼の手解きを受けた先生をはじめ、皮膚科学が発達する遥か以前から刺さない鍼(体表への鍼)を実践された先達に感嘆します。




目次へ戻る | 次のページへ



※1「皮膚が備える巧妙なバリア機構を解明」
※2「The skin’s secret surveillance system」
※3「Microbiota Modulate Behavioral and Physiological Abnormalities Associated with Neurodevelopmental Disorders.」
「Mind-altering microorganisms: the impact of the gut microbiota on brain and behaviour」
※4「細菌の世界における細胞間ケミカルコミュニケーションとその分子メカニズム」
※5「Topographical and Temporal Diversity of the Human Skin Microbiome」
※6「The functional organization of cutaneous low-threshold mechanosensory neurons.」
   「Discriminative and affective touch: sensing and feeling.」
   「Quantifying the sensory and emotional perception of touch: differences between glabrous and hairy skin」
※7「Individual differences underlying susceptibility to addiction: Role for the endogenous oxytocin system」
※8「Maternal care during infancy regulates the development of neural systems mediating the expression of fearfulness in the rat」  
※9「Magnetoreception through Cryptochrome May Involve Superoxide」
   「Magnetic Compass of Birds Is Based on a Molecule with Optimal Directional Sensitivity」
   「Molecular Action May Help Keep Birds on Course」
※10「多くのヒトは地磁気に対する感受性を潜在意識下で未だに有している」
※11「Acupuncture compared with placebo acupuncture in radiotherapy―induced nausea―a randomized controlled study」


“近いうちに感覚刺激の欠乏は社会の主要な問題になり、情報の流れのただ中で意味を求める切実な声が上がるだろう。人間は狭い帯域幅に落ち込んで、退屈しつつあるのだ。”

  トール・ノーレットランダーシュ著 「ユーザーイリュージョン 意識という幻想」より

Copyright©2012 Kyugadou acupuncture room. All rights reserved.
当ホームページ上のコンテンツ(文章など)の無断転載は禁止します。